やつお山里暮らし・29─ヒマワリ食堂にグッドバイ

梅の花をバックに、シジュウカラが楓(かえで)の木にとまっています。

 toriumeimg_4758.jpg 梅の花を背にシジュウカラが…

梅の白さと、シジュウカラの白と黒、楓の細い枝のまだ幼い青さと小枝の先の淡い紅──山里の春は、雪一色の白さが、別の生命の白さに少しずつ置き換わり、淡い色が灯(とも)りはじめて広がっていく。春が顔を出しはじめました。

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今年も、冬季限定でオープンした野鳥たちの食堂も、そろそろ店じまい。
昨年だったか、廃校になった小学校の理科実験室の大きな実験用机が、「処分するのはもったいない」とわが家に回ってきました。そこで、リビング前の大屋根の下にとりあえず設置して、使い道を考えるまで、今年の冬は、野鳥たちの食堂のスペースに供しました。

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 室内から見たヒマワリ食堂。止まり木の下にヤマガラの顔が覗いている

その結果、ちょうどわが家のリビングのテーブルの先に、雪見障子のガラスを通して、鳥の食事風景がワイド画面(こちらが覗いていると鳥も嫌がるようなので、障子を少しだけしか開けていないので、20インチくらいのワイドさだけど)で見られるようになりました。
提供する食事は、ヒマワリの種だけです。一昨年、粟(あわ)、稗(ひえ)など鳥かごで飼われている小鳥用の餌を出してみたけど、野生の鳥たちには評判がよくなくて、見向きもされませんでした。

yamagara2taneimg_4593.jpg ヒマワリの種を咥えたヤマガラ

連中は、顔の3分の1ほどもあるヒマワリの種を、くちばしでやっとこさ咥えて、近くの木の枝にとまって、足に挟んで固定し、激しく種を突っつく。すると種の殻が割れて、リノール酸たっぷりの栄養が詰まった中身をいただけるという趣向です。
家人が見ていないと、食堂のコナラの薪の木に打ち付けて、忙しそうにトントンコンコンやっています。そっと覗くと、その姿はとても愛らしい。

dorenisurukaimg_4607.jpg どれにしようかな

リビングの前には、ミズナラやクヌギの大きな樹があるので、彼らはその20メートルほどの高みから、いともたやすくほぼ垂直に落下して、机の上空1メートルほどのところで、くるっと体を反転、あっという間に止まり木にすわっています。

yamagara-syoumenimg_4742.jpg ちょっと!食事が出てないよ

あるいは、5メートルほどの高さの枝からまっしぐらに食堂目指して、突っ込んでくる。ガラス戸にぶつかりそうになると、ふわっとホバリングするように着地するのは見事です。

toriume3img_4768.jpg まっしぐらに飛んでくる
人間のロボット研究がどれほど進んでも、この小さな体にこれほど敏捷で・自在な運動機能を持たせることは、不可能でしょう。

odoroku2waimg_4605.jpg 先客がいて、ともに驚いた

比較的やんちゃで好奇心旺盛なのはヤマガラ(山のいたずらっ子のようで大好きです)で、単独行動主義。シジュウカラは6~8羽の群れでやってきて順番に食事を取っていきます。顔が黒い隈取りで覆われているように見えるので、損をしているけど、ようく見ると意外に可愛い表情も。

nakawoukagauimg_4603.jpg 中の人間たちの様子をうかがう
それにしても彼らの元気さ、真摯な態度、自然の色彩と形の美しさ…凄いなぁといつも感心させられます。

雪が降ったり、山の天気が悪いときには、食堂は流行るけど、好天の日にはとんと音沙汰がない。
春の晴れた日には”閑古鳥”しか啼かないから、そろそろグッドバイです。

itadakiimg_4608.jpg グッドバイ、みなさん
机も友だちの「そば打ち台」として、先週もらわれて行きました。
たしかなことは一つもない世の中ですが、年々歳々、人も自然も情況も、変わっていくことだけはたしかです。<森人>

update: 2010/03/19 , (0)

やつお山里暮らし29;越中八尾・冬浪漫と大ケヤキ

八尾町では、雪の町をたのしんでもらおうということで、毎年「越中八尾・冬浪漫」という催しをしています(詳しくは、観光協会のホームページを参照してください)。夜には、西町にある禅寺坂がライトアップされて、「雪あかり」を堪能できます。

fuyuromanimg_4680.jpg 天空に浮かぶ町

この前の日曜日に、たまたま夜に出かける用事があったので、ついでに三脚を担いで、写真を撮ってきました。

井田川(写真の手前の川)をはさんだ向かい岸が、西町の家並みを一望できる撮影スポットなのですが、すでに三脚を構えて撮影に集中しているオジサンたちが3組もいました。

fuyuromanimg_4683.jpg 大ケヤキが見える

八尾町には不思議な空間がいくつかあるのですが、この”天空の城ラピュタ”(宮崎駿監督のアニメ映画)のように見える景色も興味深いものです。しかも冬の夜空に輝く町なのですから、ほかではなかなか見られないものだと思います。

城のように見える石垣は、江戸時代にお上(おかみ)の力に頼らず、町民が自分たちの力で築き上げた石積みが基になっているそうです(その後の補強工事のために、最初の石積みはごく一部にしか残っていないとのことですが)。

zenderasaka0008.jpg 雪の禅寺坂

2年前に雪の最中に撮った禅寺坂の写真がありましたので(このときは三脚を持参して居なかったので手持ちで撮っています)、石垣の情況がよくわかると思います。

zenderasaka0002.jpg 生命力をあらわす大ケヤキ

ついでにその時の大ケヤキの迫力ある枝振りも見てください。たぶん江戸時代に石垣がつくられた頃に植えられた木ではないかと推測していますが、数百年の樹齢を経て、大地に深く根を張り生命力に溢れているこの木は、坂の町・八尾のシンボル・ツリーと言えるのではないでしょうか。

富山市街から八尾に入ってくると、この大ケヤキが坂の上で”燈台”のように”光”を放っているのが見えます。「生きろ」と町の人びとに呼びかけているかのようです(「生きろ」は、宮崎駿監督の『もののけ姫』のタイトルコピーでしたね)。 <なお冬浪漫とライトアップは2月末の土日までです。森人>

update: 2010/02/24 , (0)

やつお山里暮らし・28─大雪とつららと『アバター』

  ご無沙汰しました。久方ぶりとなりますが、「やつお山里暮らし」;ぽつぽつと再開しようかと思います。「八尾ふるさと発見塾」のこのブログは、「きさらぎ・ふぅ」さんが孤軍奮闘で書いてくれていましたので、かろうじて余命をつないできた有様でした。いくら仕事が忙しいからと言っても、はじめた以上は、みんなで助け合いながら続けていきたいですものね。

jitakuimg_4433.jpg 雪に埋もれたわが家

今年の冬は、元旦から大雪に見舞われて、大変でした。小さな山のなかにあるわが家は特に積雪量も半端じゃない。除雪機のキャタピラーが雪に沈んで、にっちもさっちも動かない。私道が60メートルもあるので、ライフラインを確保するのに正月早々から汗だくでした。

 sidouimg_4419.jpg 60mの私道=ライフライン確保に必死

地元の人たちも驚く、この雪には、閉口しました(「ふぅ」さんのブログの「怒りの雪だるま」を参照してください)。

でも、冬の晴れ間には、そんな苦労を忘れさせてくれるシーンが現れます。

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先日、発見したのは屋根の下のつららが、青空を映して輝いていたこと。

ようく見ると、最近話題の3D映画『アバター』の「ナビィ人」の長い足のように見えませんか。 

 『アバター』のオフィシャルサイト→ http://movies.foxjapan.com/avatar/

ずっと東京出張で、神経を消耗したので、先日、地元のファボーレ東宝で観てきました。3D映像も物語のなかみも、ここまでやるか、と驚きましたが、立体映像を見るための特殊メガネが重すぎて、持ち上げるたびにずり下がってきて、困りました(後で調べると、3D上映方式は4種類あるそうです。東宝系の映画館のは、迫力はあるけど電子シャッターと電池内蔵のメガネが重いXpanDという方式でした。IMAX方式の映画館で観るのが一番だそうです)。

余談ですが、この映画をつくったキャメロン監督は、次回作で広島の地獄を3Dで世界に訴えるという「志」をもっています(彼は、広島で被爆したあと長崎でも原爆被害にあうという希有の体験をした人に、取材するために日本に来ています。その直後に被害者の方は亡くなったそうですが…)。

全世界の映画興行収入を2回も塗り替えたジェームズ・キャメロンは、監督としての力量もさることながら、人間としても「ただ者ではないな」と思っています。

toritatiimg_4515.jpg 

今年も「野鳥たちの”ヒマワリ食堂”がオープンしました。写真の右下に2羽います(手前でヒマワリの種を咥えているのがヤマガラ、奥に顔を見せたのがシジュウカラ)。そのうちまた、野鳥たちの活躍ぶりをアップしたいと思います。

<久方ぶりの森人でした>

update: 2010/02/10 , (0)

やつお山里暮らし・27─ムカデ騒動顛末記

一瞬、チクッと来たと思ったら、次の瞬間に痛撃が走りました。

思わず、持っていた皿を落として割ってしまった。その皿の割れたかけらの先に、オオムカデが床に足を滑らせながら、S字状に体をくねらせて逃げていく。山のムカデだ。

漆黒の胴体に、どぎつい唐紅(からくれない)色の百本足。その色彩が余りに強烈で、くっきりと黒と赤に別れているので、わが家では「トリミング」と呼んでいる。全長18cmほどの大型のやつ。

そいつがどういうわけか、台所に居て、私の素足の左親指の第一関節のあたりに噛み付いたのです。生まれて初めて咬まれて、その痛さに仰天しました。骨に太い針を打たれたみたい。

「くそっ、殺してやる!」

殺虫剤とハエ叩きをもって、狂気の眼をして、ついに壁の隅にいたのを見つけました。後は、憎しみを込めて百叩き!!惨殺を終えて、ホッとしたら激痛が襲ってきました。とにかく痛い。ムカデの恨(うら)みと神経毒は強烈です。

毒を吸い出そうと、昔、山登りをしていたときに買っておいた「ポイズン・リムーブ」という外国製の吸い出し器のことを思い出し、必死で見つけたけれど、痛いし・慌てているからうまく使えない。カミさんに手伝ってやってもらったが、何度やってもうまく吸えない。結局、こういうものは緊急事態には役に立たないことがわかっただけでした。

だんだん足も腫れてきます。仕事がいっぱい残っているというのに、このままでは痛みで寝れそうにないし、明日も仕事にならないのではないかと不安がよぎります。ついに、不安と痛さに耐えかねて、脂汗をかきながら自分で車を運転して救急病院(八尾総合病院の夜間救急)に駆け込むことに…。

2時間ほどの後、鎮痛剤で痛みがひいてきたのに、よく見ると足の親指の付け根が腫れ上がっています。

そこで、はたと気づいたのは、持病の痛風の症状が再現されているということでした。つまり、痛風になるといつも腫れあがるのは、足の親指の付け根。たまたまその近くを咬まれたために、炎症が両方で発生したわけです。咬まれた局所的な傷みと痛風の疼痛が、ダブルで襲っていたのですね。本来の攻撃以上の効果を上げたのは、まるで2001年のワールドトレードセンターの9.11テロのようです。

そうか、ムカデは、仕事にかまけて、家の周りをきちんと整理し・清掃していなかった怠惰な日常を痛撃したのだ、とわかった次第です。

(ちなみにオオムカデの写真を、どうしても見たい人は以下のホームページに掲載されていますので、参照ください→http://www.insects.jp/kon-mukadetobizu.htm

<森人>

update: 2009/09/16 , (0)

やつお山里暮らし──発見塾講師がこの夏に出した本・2冊<ご紹介>

昨日あたりから、やっとのことで晴れ間が見えるようになりましたが、富山は、つい最近まで、梅雨の水底(みなそこ)に沈んでいるかのようでした。

梅雨明け宣言なんて、嘘ばっかり。このまま秋の長雨に突入したら、夏が幻と消えて、1年は春・梅雨・冬の3シーズンになってしまいそう。冬も暖冬で、雪にならず雨になったりしたら、わずかな春の乾期と大半の雨期という、それこそ四季ではなく、1年が二季になるかもしれない。そんな想像をして冷や汗を流していたほどでした。

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なんとかこの陰鬱さを抜けだそうと、過日、映画『劔岳 点の記』を見てきました。

本物でした。木村大作という監督も、一緒に映画づくりにかかわった仲間たちも。なにより、一片たりとも誤魔化しのない映像が、劔岳や立山連峰の実在の迫力を感じさせてくれます。こういう作品はやはり映画館の大画面で見るのに限ります。

映画に刺激されて、劔岳とまでは行かなくても、立山連峰トレッキング(浄土山がオススメ)くらいは行きたいと思いました。が、仕事が忙しくて、なかなかまとまった時間がとれません(ブログもご無沙汰してしまったのは、そのためです)。それに、晴れたとはいえ、腰が引けたような薄日では、なかなかその気になれません。

仕方がないので、ちょっと時間が空くと読書で憂さ晴らしをしています。というか、特に忙しくなるほど、本を読みたくなる癖があって、現在も10数冊を同時並行(微妙に時間がずれるので)”雁行”させて読んでいます。

そんな中、たまたま、発見塾で講師をされたお二方、荒井修さんと才田春光さんが、それぞれ本をこの夏に刊行されたことを知ったので、急ぎ紹介だけさせていただきます。

—-<ここから出版社および本人による本の紹介>———-

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『江戸のセンス -職人の遊びと洒落心 』(集英社新書)

(著者);荒井修、いとうせいこう

~浅草・文扇堂主人が語る、江戸職人の「発想」と「美意識」
 

扇子(センス)職人の浅草・文扇堂の主人(下左の写真;昨年12月に発見塾で山口智子さんと一緒に講師をしていただきました)が語り尽くす、江戸職人、庶民のセンス、発想、そして粋のスピリットの数々。江戸の職人は円周率も知らないのに、なぜ文様を描けたのか。「見立て」「のぞき」、そして江戸流の「粋」とは。江戸と京都の職人の違い。江戸庶民の通な遊び。江戸のデザインの特徴等々、江戸職人、庶民文化の生き証人とも言うべき荒井修の膨大な知識を、案内人いとうせいこうがとことん引き出す。江戸のセンスが身につく一冊。 

これは「面白がり、がらせる江戸っ子の本です」中村勘三郎(歌舞伎役者)、「修さんは歩く江戸文化だ」山口智子(女優;下右の写真は発見塾講師として八尾に来られたときのものです)と、評判もよろしいようです。

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『排経美人のすすめ~自分にやさしく地球にやさしい月経血コントロール』

(著者)才田春光

定価;2100円(DVD195分付;体操の仕方などの映像)

シルクふぁみり社 http://www.5hon-yubi.net/haikei/

著者から一言/いま、私が最も提唱したいことは、「排経・はいけい」です。生理の経血を自分でコントロールして排泄することです。今まで、大勢の方に話してきましたが、「そんなこと出来るなんて信じられない」という反応が殆どで、女性の未来が、真っ暗になるような危機感を憶えました。今日、大多数の女性は体の感性を眠らせたままのようです。

 そしてこのことは、健康や環境問題にも深く関わってきます。ゴミは埋めたり、焼却する場所が常に論争の的に挙げられますが、低温度での焼却による、ダイオキシンなどの有害物質も健康管理の面で大きな社会問題になっています。ゴミの中で、生理用品の占める割合は定かではありませんが、ナプキンの場合、一人の女性の総使用枚数が一万数千枚とか、この数字に成人女性の人数を掛けたと想像してみてください。まして、生理用品は天然繊維のみで作られているわけではないのです。

これらの使用量が少しでも減れば、環境保全および健康維持に多少なりとも貢献することになります。「産み育てる性」の女性に「使い捨て」は似合いません。女性の自立は、今まで主に、経済的なことにポイントが置かれていました。しかし、体を自分の意志で従え、自分自身が「自分の体の主人になる」ことには、より確かな手ごたえを感ずるに違いありません。

【才田春光さんの紹介】 石川県生まれ。ピール(果皮)を素材とする創造芸術を開拓。2001/ 家庭
画報大賞にて優秀賞・帝国ホテル賞を受賞。2005/ 愛・地球博でピールアート教室開催。2006/ 家庭画報大賞にて審査員特別賞を受賞。2007 年には、準グランプリと審査員特別賞、読者審査員賞を受賞。ピールアートと共に、「女性のココロとカラダを考える講座」を各地で展開中。とりわけ排経講座は毎回、大評判だという。

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発見塾講師で来ていただいた才田春光さん。手には果物の皮のアートが。

——<紹介ここまで>———-

◆才田さんの「排経」(本人の造語のようです)の話は、男の私には実感的にわかりません。が、人間の体も自然そのものですから、人と自然の本来のつながりを求める彼女らしい、とても根源的で大事なことを私たちに伝えようとしているのだと思います。この人は本物ですよ。本でご確認ください。インターネット書店「アマゾン」でも売っていますよ。

◆荒井さんは、上の写真を見るとその人となりがわかります。羽織の裏の絹地に、漫画家のちばてつや先生に、直筆で「明日のジョー」を描いてもらったそうです。この遊び心と人脈をかんがえれば、著書が楽しくないはずがないでしょう。<森人>

update: 2009/08/13 , (0)

「楽農のススメ」講座報告;農業の楽しさを知りました!

5月23日の発見塾の「楽農のススメ」は、その名の通り「楽しい」講座でした。節々にユーモアがあって、野菜・果樹づくりのカンどころを実物などで示しながら、さりげなく農業の蘊奥(うんのう;奥深い本質)にも導かれる充実した講座でした。

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 熱心に聞き耳を立てる受講されたみなさん

講師は、長らく八尾で農業技術の向上、農業構造の改善に、行政の立場から取り組まれてきた澤井正治さん。「定年後に備えて周到な準備をすすめる」との持論を実践され、より自由な立場で、晴れの日は田畑を耕し、雨が降れば知識を学ぶの”晴耕雨読”──ご本人は、もっぱらインターネットを駆使して情報を集められているので、パソコン=電脳をもじって”晴耕雨電”と称されていますが──、「楽農」を追求されてきました。

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 電脳を中国の字で表現する澤井さん。日本の野菜のルーツ、中国にも詳しい

それだけに、76歳とは思えないほどハツラツとした澤井さんの、人間と農業への愛情たっぷりのお話に、30名近い参加者のみなさんは、知識欲を刺激され、自然と人との関わりの深さに思わず耳を傾け、ついには、兼業で農業をやっている人も、家庭菜園をはじめたばかりの人も、農業がこれからの時代のビジネスのキーになると先見力を発揮している若者も、みなさん改めて「楽しい農業」に取り組んでみたいと、決意を促されたように感じられました。

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 昨年とれた大きなリンゴの表皮には文字が刻印されている

実は、講座のあった当日は、旧暦では4月29日の晦日(みそか)にあたっていたそうです。旧暦が日本の季節の移り変わりをいかに活写していたか、四季だけではなく二十四節気・七十二候と、四季の巡りを農業や暮らしの節目として、自然に寄り添い・活かしてきた日本人の営(いとな)みから、話ははじまりました。

当日の頃は、二十四節気でいえば「小満(しょうまん)」。草木がぐんぐん伸びていく時季です。でもよく観察すると、季節は七十二候のリズムで刻まれていて、小満の時季の初候は「蚕起食桑」(かいこおきてくわはむ;蚕が桑を食べはじめる)、中候は「紅花栄」(べにばなさかう;紅花が盛んに咲く)、末候は「麦秋至」(むぎのときいたる;麦が穂を実らせる)と、細かな移ろいを昔の人は感受していました。

現代人はそのような自然の律動を五感で感受する余裕も、昔の日本人にはあった体細胞一つひとつの感受センサーもなくしてしまっています。

が、農を五感で楽しむ澤井さんのような人は、自然とともに生きてきた日本人の繊細な感性を、旧暦を改めて見直すことで、「温故知新」=日々新しい発見をされているのではないでしょうか。人が農を通じて、自然を観察・働きかけることで、土や光と風と水と人との、それこそ総合作用の営みのなかで、生命が細やかで・たくましい律動を打っていることを、感得することができるのではないでしょうか。

前述の七十二候でいえば、今の時分には、八尾でも「麦秋」があちこちの田畑で見られます。昔は”蚕都”と言われたのに、蚕が桑を食べはじめるシーンは、もうここでも見ることはできなくなってしまいましたが。

一方で、澤井さんは、世界の農業で”パンデミック”(インフルエンザなどの感染爆発)のように広がっているミツバチの「集団死」(蜂群崩壊症候群)にも触れながら、現在の農が、いかにグローバルな関わりを持っているかを指摘されていました。前述した「温故知新」には、いま世界で何が起きているかを知ることなしに、新しい知見や創造は生まれないという意味も含まれています。古きをたずね、今を知らなければ、新しい道は見つからないのです。

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 参加者へのお土産の一つ(食用菊「もってのほか」)

「野菜づくりのカンどころ」や「医食同源の食材=野菜、そのおいしい食べ方」など、基本のハウツーから奥深い蘊奥まで、学ぶことはいっぱいでした。

最後に、澤井さんは、カール・ユング(深層心理の研究で有名な心理学者)の「人生の幸福の5つの条件」を挙げて、5つ目の「朝起きたとき、やらねばならぬ仕事がある」という、最も大事な幸福について言及されました。

定年退職した後でも、実は大きな生きる喜び=充実した幸福感を味わえる「仕事」があって、それが農業(家庭菜園でもいいのです)だと、澤井さんは主張されます。

仕事がなくて派遣労働者にならざるをえない若者たち(この問題はとても重要で、本質的には日本の労働政策そのものを根本から変革する必要があるのですが、それはさておき)にも、伝えたいメッセージのように思えました。

「野菜や果物づくりのカンどころ」など、具体的なノウハウも満載だったのですが、それはまた別の機会に。澤井さん自身に原稿を書いてもらうか、大好評だったこの講座の続編を企画するか、なにより澤井さんの農園にて実地に体験学習するか(連絡いただければご紹介できます)、いずれかの形でフォローしたい・していただきたいと思います。

ほんとうの楽しみは、自分で学んで行くことのなかにしかないので。<森人>

update: 2009/05/25 ,

やつお山里暮らし・26初夏の白い花2;ウワミズザクラと三蔵法師

5月初旬から中旬にかけて、”ミルクのアイスキャンデー”が森の木を賑(にぎ)わわせます。

新緑に、つんつんと・好き勝手に・純白の花が咲いて、その木のある一角は、ぱーっと明るさが増しています。

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よく見ると、小さな花が穂となって枝先にたわわに実っています。ウワミズザクラです。私の大好きな木。材はとても堅くて「金剛桜」とも呼ばれているのだけど、この花の清楚なやわらかさと惜しみないゆたかさがいい。

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なんといっても、その香りは、ササユリのように官能的ではなく、むしろ清らかさの極みで、脳の奥の奥にまで届いて、煩悩を浄化してくれるようです。

花のつぼみは「杏仁子(あんにんご)」として塩漬けにする地方(新潟や山形)もあるとか。

つぼみや秋に赤く色づく実は、「不老長寿に効く薬酒になると伝えられていて、西遊記の三蔵法師は、ウワミズザクラの種子を捜し求めて旅に出たという」(薬用植物一覧表http://www.e-yakusou.com/sou/soum061.htm)説もあるとのこと。

それなら、今年の秋に、うまい具合に実がなれば…ですが、ホワイトリカーで漬けて、果実酒に挑戦してみたい。果たして、お酒を飲んで浄化されるのだろうか?もしそうなら、それこそ浄土のお酒(お釈迦さまも飲まれるかも)。

お酒が出来たら、また報告しますね。<森人>

(出張の前に、急ぎで書いたので、うまくまとまりませんでした)
update: 2009/05/15 , (0)

やつお山里暮らし・25─初夏の白い花1;エビネと弥勒菩薩

仕事に追われて、ブログを留守にしていました。

一段落したわけではないのですが、今日、大きなミズナラの木陰にひっそりと咲く野生のエビネを見つけて、その白い花の造形に心揺さぶられ、「そうだ、ブログを書こう!」となりました。

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 ツツジの赤とエビネの白の対比が魅力的だった

ウイキペディアによると、野生のエビネはレッドデータブックに載るほど少なくなってしまったそうです。70年代後半に、「エビネブーム」が巻き起こって高値で取引されたことも災いして、へんぴな奥山にまで人が入り込んで、山取りしていく。八尾でも、地元の人たちから「大切に育てていたのを、持っていかれた」という怒りの声を聞いたことが、何度かあります。

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でもそのブームは、10年ほどで下火になりました。園芸のように育てていたものに特有のウィルス伝染病が発生して、人気が離散したそうです。山取りする人もいなくなったかもしれないけど、野生のエビネも絶滅危惧種になってしまった。こうして業の深い人間が、自然の多様性を奪っているのですね。

maitreya_koryuji2.jpg 

 広隆寺の弥勒菩薩~人間は救われるのだろうか

そういえばエビネを、その花の形から、兜率天(とそつてん)から降臨する弥勒菩薩になぞらえて「弥勒花」とも呼ぶ地域があるそうです。どこがどう弥勒なのか、よくわかりません。

ただ、じっと眺めていると、どことなく弥勒菩薩の思惟のような、その細くてしなやかな指先のような、美しい品がありますね。<森人>

update: 2009/05/14 , (0)

やつお山里暮らし・24─野鳥の季節5;シジュウカラの恩返し

地上から6メートルの高さにわが家の大屋根があるのですが、その一番高い切妻のすぐ下の軒先に、スズメバチが巣をつくっていました。

2階にある小さなベランダで布団を干していると、スズメバチが2匹飛んでいるので気がついたのですが、頭上には立派な巣が!

suzumebati-su1img_6214.jpg 2007年10月15日撮影

よく見ると、何匹も忙しく出入りしているではありませんか。

suzumibati-su2img_6215.jpg 2007年10月15日撮影

ぞぞっと寒気がして、巣を退治してもらわなきゃ、とちょっとした騒ぎになりましたが、

業者に頼むと2万4000円も掛かるとか。う~ん、どうしょうか。こんなことに余りカネをかけたくないし…。

そうだ!真冬になれば蜂の活動も収まるだろうから、そのときに長ハシゴをつかって、とることにしようと思い至りました。

ところが、冬になっていざハシゴを掛けようとすると、アルミのハシゴが瓦で滑って安定しない。

落ちると確実に骨折するな、そう思うと弱りました。

suzumebati-su3img_3239.jpg 2008年12月29日撮影

いい解決策がないまま、時間だけが経って、「春になると蜂の活動がはじまるだろうし、やばいな」と思っていた矢先、朝、コツコツトントン・ゴンゴントツトツと家を突くような音で目が覚めると、なんだか軒下あたりが騒がしい。

気になってベランダの戸を開けようとすると、バッと飛び去って行くものあり。よく見ると、ベランダのあちこちに、巣のかけらや動かないスズメバチが散乱していました。

最初は、キツツキの仲間のアカゲラが突いたのだろうと思っていたのですが、あるときまた同じような音がするので、今度はそっと庭に出て、スズメバチの巣を見上げると、なんと巣の上にシジュウカラがいて、巣を壊しているじゃありませんか。

suzumebati-su4img_3459.jpg 2009年3月4日撮影

アッと声を出したら、鳥は飛んで行きましたが、以来、何回か音がして、地面にも巣のかけらが落ちていました。そのたびに巣が小さくなっていって、今では、きれいさっぱりなくなってしまいました。

sijyuukara-kennsonnimg_3466.jpg いえいえ、大したことじゃありません

最初からシジュウカラ君が頑張ってくれたのか、はじめの一撃はアカゲラ君だったのか、本当のところはわかりません。ですが、シジュウカラ君が巣の後片付けをして、きれいにしてくれたことは確かです。

sijyuukara-gannbarimasuimg_.jpg 食事のほう、よろしく

わが家では、「ひまわり食堂」で食事(ヒマワリの種)を提供しているお礼でないかと勝手に思って、

これを「シジュウカラの恩返し」と呼ぶことにしています。

食材費も、蜂の除去費用から見れば安いものです。これも一種の「共生」?<森人>

update: 2009/03/15 , (0)

やつお山里暮らし・23─野鳥の季節4;「僕がシジュウカラです」

 僕がシジュウカラ(四十雀)です。

前回は僕の仲間がガラス戸にぶつかって気を失ってしまったけれど(このブログの2月25日「気を失ったシジュウカラ」を参照ください)、本来は僕ら結構、用心深いんです。

sijyuukara1img_1372.jpg

山の腕白坊主のヤマガラ君(このブログの2月14日「おいらヤマガラだい!」を参照)ほど、大胆・無鉄砲じゃないし、一応、慎重に距離を詰めるタイプなんです。

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育ちがいいせいかな。この羽毛だって、白と黒が上品でしょ。背中の羽根はモスグリーンを基調に白と黒の縞模様が、どこか燕尾服(えんびふく)を思わせるでしょう。燕(つばめ)の親戚じゃないけど。

kawarahiwaimg_0875.jpg 食堂を独占しているカワラヒワ;「文句あっか」

同じモスグリーンの背中でも、カワラヒワのやつらとは違うんです。やつらときたら、集団でやってくるのに、1羽がヒマワリ食堂に腰を下ろすと、そいつが仲間をも寄せ付けない。だから仲間同士でよく喧嘩しているけれど、僕らも意地悪(いじわる)されて食堂に近づけないんだ。「川原のごろつき」って悪口言っているんだけど…。

僕らは、仲間が種を拾っている間は、そばでちゃんと順番を待っていて、意地悪なんかしないよ。

同じ野鳥の仲間でも、いろいろと種族によって性格の違いがあるのですよ。

sijyuukara-sasattaimg_3410.jpg くちばしに種が刺さってしまった!

しかも僕らは人の恩も忘れないから。これについては、また次回に。<森人>

update: 2009/03/03 , (0)

 

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